俊寬

俊寛
俊寛
俊寛
僧都に任ぜられて法勝寺の執行であった俊寛は、藤原成親・成経父子や平康頼らと共に京都鹿ヶ谷にて平家転覆の謀議を企てたが源行綱の密告により露顕して、鬼界ヶ島に流された。俊寛だけが許されずに没するまで流島生活をした。一人孤島に取り残される絶望感と憔悴の相貌を表した面です。各流派にはそれぞれ違う表情の面があります。